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臨場感を操作してパニック障害を強制終了!! 苫米地英人先生の脳科学をひきこもり脱出に応用【治し方、予期不安、認知科学、SST、聖書、愛着障害、安全基地、オキシトシン】

苫米地脳科学のひきこもり脱出への応用


苫米地英人先生の脳科学の理論は、神経症の治療にも効果的だということが判った。なぜなら神経症者は、自分が作り出した非現実的な各種の恐怖症のビジョンを、異様にリアルな臨場感を持って脳内に勝手に描いてしまっているだけだから。

よって、そのビジョンを描くことをやめてしまえば恐怖症は治る。

(分かるかなぁ〜?)


一度ある人物のことを胡散臭いと感じると、脳幹網様体賦活系がその視点でのみ情報を集め出す、換言すれば胡散臭さ以外が盲点(スコトーマ)になるので、胡散臭さ一辺倒になってしまう。

この作用機序はパニック障害等と同じものだろう。よってその際は臨場感を強制終了してしまう(=我に返る)のが有効。

(分かるかなぁ〜?)


能力開発セミナーのようなものに参加しても、ある日突然、超能力のように特殊な能力が湧いてくるわけはない。

(当たり前だよな?)

それはいくらカネを積んでも同じ。

能力とは、日々の積み重ねで脳(無意識)が自動化した習慣のこと。よってそれなりに時間は掛かるけれど、やろうと思えばほぼタダでもできる。

(実際、私はそうやっている。)


臨場感とはイマジネーションが果てしなく広がる状態のこと。

自分が求めていたイメージの種が心に撒かれるとグングンと大輪の花を咲かせる。

それが楽しいイメージなら良いけれど、恐怖のイメージでも実は自分が求めていたもの。

だから恐怖症は自分がなりたくてなっている病気だともいえる。

(それが人生の問題から目を逸らす現実逃避の役割を果たしていると思われる。)


パニック障害や対人恐怖症等の神経症は、自分が作り出した非現実的な恐怖のビジョン(予期不安、幻覚)を、異様に強力な臨場感を持って脳内で執拗に思い描いてしまうために起こる。

(というのが苫米地先生の理論を応用した私の考え。)


よって、そのリアルな幻覚を強制終了して我に返れば(=臨場感をオフにすれば)恐怖は去る。

だから認知行動療法や森田療法は不要。



余談だけれど、神経症って「俺様は学があって利口」と思い込んでいる人たちに限って治らないんだよね。

客観的に見たら臨場感をバグらせてるだけのただのマヌケなのにね?

(これは独り言ね。)



ひきこもりは聖書と苫米地脳科学とSSTで治る


心理療法や傾聴カウンセリングではひきこもりは治せないと思う。

なぜなら長期間のひきこもりは、考え方を変えたり何かの気づきを得たくらいで治る代物ではないから。

これは当事者じゃないと分からない感覚なのかもしれない。非当事者はここで「何で何で〜??」となって結局はただの甘えと決めつけてきて「勝手にすれば?」と当事者との関係を破壊する。

それで「支援者」を名乗ってお金をもらって生活してるらしいからお気楽な共産主義社会だよね?

(自民党が作った社会だけど。でも話が長くなるから・・・?)


ひきこもり当事者は会話の仕方や人間関係の築き方等、生き方の基本を全く習得できていないので、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)をしっかりと習得するのが脱出の最短距離だと思う。

これは私も実際にそうしてきたので効果は実証されている。


それと、ひきこもり当事者は愛着障害を克服する必要がある。

これはもしかしたら優秀なカウンセラーや精神科医なら治せるのかもしれない。

しかし、その際費用を誰が出すのか?ひきこもり問題は貧困家庭で起こる場合も多いので、その点がとても厳しい状況。

そこで私がお勧めするのが聖書を読むこと。愛着障害は聖書で格安で治せる。

これも私が実証済み。


なぜなら愛着障害の当事者に実質的な愛情(オキシトシン)を与えてくれる唯一の書物が聖書だから。

世の中には優れた書物、映像作品、音楽等が沢山あるし、それらが生きる意欲につながることは確かだけれど、愛する主体はあくまでも鑑賞者側だ。

しかし、聖書の場合は書物を通して神様=イエス・キリストが読み手を愛してくれて、「心の安全基地」になってくれる。

これは地味ながら驚愕の事実だろう。

この効果には下手をすると牧師さんたちも気づいていないのでは??



人生の困難を脱出ゲーム化しよう


人生で困難に陥った時に他人に頼ろうなんて思うのは間違い。私の経験から言ってそれで救われることはほぼない。

他人がやってくれるのは、せいぜい友達になってくれて話を聴いてくれたり元気をくれるくらいまでだ。

(それだって大きいが。)


だから、まずは可能な限り自力で自分を救えるように努力しよう。自分に見捨てられることは絶対にないから大丈夫。

困難から抜け出すことを人生を賭けた娯楽=脱出ゲームにして楽しんでしまえれば完璧だ。



他人の狂気の感染に要注意


他人の狂気に自分の意識を乗っ取られないようにするのが、対人関係で悩んだり精神的に病まないコツ。

他人の中に紛れる時は常に気を許してはならない。

他人なんて自分とは価値観や考え方が全く違う生き物で宇宙人みたいなものだし、いつ狂人や精神病者に遭遇するか分からない。

他人の狂気に感染するほうが、コロナなんかに感染するよりもよっぽど恐ろしい。

良い人にたまたま出会えたなら、それは神様が起こして下さった奇跡だから、神様に感謝しよう。


AIも幻覚を見るので要注意

AIも幻覚を見るので要注意








再び苫米地説の応用


苫米地英人先生の説を要約すると、「心とは脳の情報処理の状態であり、物理的には存在しない」。

それを踏まえると、「心を鍛える」等の行いはナンセンスであり、人間は脳の情報処理上のバグ(根拠のない世間的な価値観に汚染された等)を修正する(=洗脳を解く)ことで生きやすくなれる。


これは純粋な苫米地先生の理論とは違うかもしれないけれど、実際に私が行ってきて効果を上げているので、ぜひ試してみて下さい。



※尚、以上述べてきたことは私が苫米地英人先生の著作物から得た知識をあくまで私なりに応用した考え方です。

よって、純粋に苫米地先生の理論に触れたい皆様は、ぜひ苫米地先生の著作物をお読み下さい。




The author of this article is Tomohiro, a Japanese Hikikomori Escape Guide.

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