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コーチングの権威ルー・タイス氏の『アファメーション』に学ぶひきこもり脱出!!【アファメーション、自己肯定感】

前回の記事でお約束したように、ルー・タイス氏の『アファメーション』(原題はSMART TALK)を読み終わりました。 この書物がひきこもり脱出にどう役立つのか考察してみます。 アファメーションとは自己肯定のこと アファメーション、そしてルー・タイス氏本来の用語ではスマート・トークとは、ほとんど自己洗脳、もっと言えば自己詐欺と言ってしまってもいいものかもしれません(言葉は悪いですが)。 自分を想像力と臨場感で気持ち良く騙せたもの勝ちの世界。それがアファメーション(自己肯定)です。 この本を読み終えて私が思ったのは、人生とは自分や周囲の親しい人たちを、いかに楽しく自己実現させるかというゲームなのだということでした。 つまらないことで一々落ち込むことはないのです。落ち込むのは失敗や挫折などにフォーカスしすぎて臨場感を高めすぎていることが原因です。 そういう時は臨場感を解除してフッと我に返れば、冷静に事後処理に当たれるでしょう。 自己肯定(アファメーション)したいという気持ちがすごくあっても、現状の自分がひきこもり等で「惨め」だと、「自分には自己肯定などは相応しくなく大それたことで、自己肯定をする私などは到底周囲の誰も認めてくれないだろう」と、自ら進んで自己肯定を辞退してしまうことがあります。 それは「惨め」さが自分の定位置(コンフォートゾーン)になってしまっているからですね。 そういう時は、今の自分はひきこもりから脱出して発展しつつある過程にあるのだと自他共に説得すればいいでしょう。 確かに今は「惨め」かもしれませんが、これから欲求不満を解消して自己肯定感100%の自分になる途上なのだと自他を説得するのです。 お金は前向きなメンタルについてくる ルー・タイス氏の考え方で、私が一つだけそれはどうなのだろうと思うところは、金持ちを目標にしすぎるきらいがあるところです。 (逆にお金持ちを目指したいという人にとっては絶好の書物かも?) お金は明るく肯定的に生きられれば後から自然についてくるものなので、はじめからそれだけを目指すのはどうなのかなと思います。 はじめから金持ちだけを目指してしまうと、結局は無駄な競争社会に巻き込まれることになり、負け組になる恐怖に怯えなければならなくなります。 (生まれた時からエリートになることを宿命づけられている人等なら話は別だが。) それではせっか...

アファメーションとセルフ・エスティームで自分を犠牲にしない生き方を獲得!!【苫米地英人、自尊心、この世の欺瞞の考察、コーチング】

アファメーションする意味を考える 人間は大体脳の3%くらいの能力しか使って生きていないのだそうです。そして、 人間が残りの97%の脳を使い切れていないのは、無駄な恐怖心のせいです。 しかし、ここで厳しい訓練などを乗り越えて恐怖心を克復したのならさぞかしご立派なことなのでしょうが、私たちのような神経過敏な人間にとってはそれにも自ずと限界があるでしょう。これは当事者にしか分からない感覚です。 であるなら始めからそんな厳しい訓練はやめてしまって、自分がそれほど恐怖心を抱かなくても済むような分野で活躍するのが相応しいでしょう。 仮に恐怖心を克服したとしても大企業などで働く意義を全く感じられない人もいます。そう、私のようにです。 社長や役員になって年収1億円を目指すとしたら、どう考えてもそれなりの人間関係を築いていかなくてはなりません。 でも、そういうことが面倒臭いという人にとっては、それを「夢」として描くこと自体に無理があるように思えます。 それが自分にピッタリの「夢」でなければ、そもそもアファメーション(自分に対する肯定的な語りかけ)する意味がありません。 これは当たり前ですね。 セルフ・エスティームがあれば最強 大企業で働く意義が感じられず、コンビニ店員やUber Eats で働くことに親しみを覚えてしまった場合でも、「どうせ下層民がやる仕事」と卑屈になるのではなく、「自分は巨大資本に上手く便乗してマイペースにまんまと楽しく働いてるんだ」と前向きに捉えるという手があります。 卑屈にならなくて済むためにはセルフ・エスティーム(自尊心)を育むことです。幸福に生きるためには、金持ちになる等よりも先に、まずは自分を犠牲にしないことの方が大事なのではないでしょうか。 お金を云々するのはそれからでも遅くありません。 誰かに職業を聞かれた時にコンビニ店員やウーバー配達員と応えるのを恥じない方法は、それらの職業の好きなところを具体的に述べられるようにしておくことです。 そうすれば聞いた相手もただ馬鹿にするだけではなく部分的には納得します。ですから基本どんなささやかな職業でも好きでない(=愛がない)ならやらない方がいいです。 ➡ 突然の誹謗中傷への画期的な対処法 〜ひきこもり脱出の観点から【人格、職業、侮辱】 恋愛だって全く好きではない相手とおつきあいすることには、ほとんど意義がないでし...

➡神経症の脳科学的な克服法でひきこもり脱出!!【苫米地英人、対人恐怖症、パニック障害】

若さと成熟の真実 若い頃は、人生経験や知識に乏しいことの代償として、年長者の保護欲求を掻き立てるように、男女ともに外見のあどけなさや美しさが与えられている。神が作られた摂理はとても精巧に出来ている。 つまり、年を取るということは成長しなければ損だということ。 成長しないと、単に外見が醜くなっただけになってしまう。 ところが成長して知恵を獲得し成熟できれば、外見が醜くなった見返りに得るものがあったと納得できる。 そのような取引が上手く行かないと、代金(=若さ)を支払ったのに、商品が届かないじゃないかという不平につながる。 しかもその際、クレームをつける相手は存在しないという。これは最悪だ。 ひきこもり当事者は英語学習に適している 以前の趣味の記事の中で英語学習の話をチラッとしたけれど、実はひきこもり当事者ほど英語学習に適している人たちはいなかった!! なぜなら、 ひきこもり当事者は他人と接触する機会が極端に少ないため、日本語無しで英語漬けになれる環境が驚異的に整っている からだ。 英語習得は、日本語無しで英語の回路を作る作業。 英語学習で人生の一発逆転も可能。 英語はそれを武器に就労しても意外に儲からないというけれど、それは通常の就労の場合だ。例えば通訳、翻訳、英語講師等として働いても年収300〜400万円くらいだという。 しかしネット上であれば、英語を使って稼ぐ場面はアイデア次第で無尽蔵に存在している。 ひきこもり当事者は罪の意識を克服しよう どうせなら楽しいことをやりなからひきこもりを脱出するのがいい。でも、多くのひきこもり当事者は、「自分は楽しいことなどしてはいけない罪深い人間である」と思い込んでいるフシがある。 それはたぶん、親や学校教育からの洗脳でしょう。彼らはそういう、 自分が最も嫌っている対象から最も洗脳されている のに、それを冒すべからざる大層ご立派な価値観であるかのように、後生大事に抱え続ける。 私などは、どうせそんなに罪の意識を持つなら、クリスチャンとして人間の原罪に目覚めればいいのにと思ってしまう。そうしたらむしろ神に愛されてひきこもり脱出が早まるのにと。 ただし、いつも言っているようにクリスチャンになりましょうというよりは、聖書を読みましょうということだけれど。 聖書は、ひきこもり脱出にとってこれほど有効な書物であるにも関わらず、ハナっから「宗...

ひきこもり脱出に役立つコーチング!!【愛のある見守り効果は絶大、読書は人生の師探し】

誰も助けてくれない状況は自立のレバレッジになる ひきこもっている状況では、困っているのに誰も助けてくれないことがある。実際、家族も「疫病神」みたいな親戚も、また、公的機関も役に立たない場合が多い。 (ただし、状況が改善すれば、家族愛は一部復活する。) しかし、「 困難な状況に直面して誰も助けに来てくれないとき、人は初めて一人前になれる 」(*46P)のである。この状況を レバレッジ(=てこ) として活用しない手はない。 誰かに支配されるのではなく、自分の人生のコントロール権を自分で手にしたものだけが、心の底から人生を楽しめるからである。 誰かに見守られる感覚は人生のレバレッジになる 人生のコントロール権に加えて、「 「誰かが見守ってくれている」と思い出すだけで、自分の力を引き出す強力なレバレッジになる 」(*47P)ということがある。 この場合、「自分は誰にも見守ってなどもらえない」と不平を述べる方もおられるだろう。 当然だ。健全な家族関係があれば、必ず誰かが愛し見守ってくれるはずだ。そうすればひきこもったりして余計な苦労をしなくて済んだ。その通りだ。 だったら、 その場合は 聖書 を読めば神様から見守ってもらえているという感覚を手にできる。この聖書をひきこもり脱出のレバレッジにする方法はおすすめだ。 ➡  Q&A なぜ聖書でひきこもり脱出ができるのか??【愛情欠乏症からの脱出、まずは信仰告白、神様は見捨てない】 私はここで布教はしないけれど、それは良いアイデアだと思ったならぜひそうしてみてほしい。それ以外に、自分にはすでに愛してくれる人がいるとか、また、自分にはこれからある日突然、愛して見守ってくれる存在が現れるという自信があるというなら、無理にはすすめない。 私は今のところ誰にも愛してもらえないという人が誰かに見守られている安心感を得ながらひきこもりから抜け出す方法は、当座は聖書を読んで神の愛に触れる以外にないと考えている。 それ以外に何かあるなら逆に教えてほしい。本当にそのようなものがあるなら人々の役に立つので、その知識をこのサイトを通じてみなさんに広めたいからだ。そうすれば「宗教はイヤだ」という人たちにも新たな選択肢ができるではないか。 私は別にここで議論をしたいわけではない。各自が自分に最適な「愛し見守ってくれる存在」を見つけてくれるならそれでいい...