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児童文学はひきこもり脱出に役立つ!河合隼雄先生に学ぶ☺️

『はてしない物語』


臨床心理学者の河合隼雄先生は、ある小学校の教師から、「ファンタジーなどを読ませると子どもたちが現実逃避するようにならないか」と問われたことがあるそうです(『「子どもの目」からの発想』講談社+α文庫 185P)。


現実逃避もできない余裕のない人間が、目に見える現実だけを直視して社会の奴隷人間になっていくことに、どれほどの面白味があるのでしょうか。


考えの浅い教師は、子どもたちが折角ファンタジーの世界で遊ぼうとしているのに邪魔をする「ドリームキラー」でしかありません。


これを『はてしない物語』になぞらえるなら、まさにドリームキラーの教師の教えは「虚無」であり、幼ごころの君が治めるファンタージェン国の危機です。


子どもごころを忘れない私たちも、勇者アトレイユバスチアン、そして白い竜のファルコン(フッフール)となって、ファンタージェンの平和のために、夢のない干からびた「虚無」と戦おうではありませんか。


色々な教師がいていいですが、子どもたちにはぜひ「ドリームキラー」などに負けずに自分の世界を大切にして、良質なファンタジーの世界に触れることで、豊かな人間性を育んでいっていほしいものです。


ただし、このようなファンタジーの世界に、余りに深入りしすぎるのは危険であるとも、河合隼雄先生はクギを刺しています。


確かに物語の後半でファンタージェンの世界から出られなくなってしまったバスチアンの姿は、ひきこもり当事者のイメージと重なる部分があります。


何事も適切な距離感が大事だということですが、ファンタジーのそのような負の側面にも抜け目なく取り組んでいる所が、作者のミヒャエル・エンデ氏の侮れない所です。


よって、このような危険なファンタジーは、良い子のみなさんは絶対に、絶っっ対に、読まないでください!


(冗談です。)


念のために言っておくと、みなさんご存知だと思いますが、映画『ネバーエンディング・ストーリー』の原作が、この『はてしない物語』です。




『トムは真夜中の庭で』


一方、『トムは真夜中の庭で』の中では、主人公のトム・ロングが、弟ピーターのはしかを避けるために滞在しているアランおじさんの家で、真夜中に階下の大時計が「13回」鐘を打つのを聞いてしまいます。


それを確かめるために階下に降りていったトムは、昼間は何の変哲もなかった裏口のドアの向こうに、ビクトリア時代の美しい庭を発見します。


そのまぼろしの庭の中で、トムは少女ハティと知り合って楽しく過ごします。


ネタバレになるから言いませんが、この少女ハティと仲良くなることで、トムは孤独を解消する心の通路を発見しました。


この庭への入口のドアは、トムが大人になるためのドアであるともいえそうなものです。


子どもは、両親にも知らせない秘密や楽しみを持つことで、内面的に両親への依存度や重要度が相対的に低下し、自立していきます。


まさにトムにとっての自己表現手段の獲得過程が、の発見とハティとの出会いでした。


当初トムは、アランおじさんの家に滞在することを嫌っていたため、ピーターのはしかが治れば喜んで帰ってくると思っていた両親は、トムが帰るのを渋りだしたので不安になります。


ここでも、子どものファンタジーを妨害する「ドリームキラー」が顕現します。


ついでにここには、子どもの自立心を阻み、母性の中に呑み込んで離さない「グレートマザー」の片鱗も少し垣間見えます。


大人は、子どもに芽生えた自立心の萌芽を摘んではならないし、子ども自身も、そんな大人の妨害を跳ね除ける強さを持ってほしいものです。


子どもは親を選べませんし、良い親の元に生まれる子どもと、悪い親の元に生まれる子どもがいるのは不公平ではないのかとも言えますが、恵まれすぎてダメになってしまう子どももいます。


いずれにしても、強い意志を持った子どもが生き残ります。


自分という人間が生きる意味を見出すには、各自にふさわしい方法で、自らその意味を見出さなければならないのだと、河合隼雄先生もおっしゃっています。


そのためにもやはり、冒頭の教師の言う「ファンタジーによる現実逃避(遊びの世界)」が、逆説的に必要なことが明らかです。


ファンタジー作品とのおつきあいは、登山にたとえれば尾根道歩きのようなものでしょう。バランスが大切です。


時には危険があることを心得た上で、充分に注意して冒険を楽しみましょう。


ファンタジーの世界と適切にお付き合いできるのがオトナなんですね。




参考文献:

『「子どもの目」からの発想』河合隼雄(講談社+α文庫)

『トムは真夜中の庭で』フィリパ・ピアス(岩波少年文庫)

『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ(岩波少年文庫)



The author of this article is Tomohiro, a Japanese Hikikomori Escape Guide.


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